地域一番店になるためのイベントをすることになり、金魚すくい、ヨーヨー釣り、スイカ販売などお祭のように色々やってみたが効果は上がらず…。そこで、タイヤ屋という初心に戻り考えてみたら、「タイヤの大量展示」を思いついた。しかし、タイヤを大量に展示するということは、セール期間中、毎日大量のタイヤをしまわなければならない。そして、朝がやってくると、またタイヤを大量に出さなくてはならない…。いくら「女房とは死ねないが、タイヤとは死ねる。」と豪語するタイヤ大好きの社長でもそれは無理であった。本当に死んでしまう…。毎日大量のタイヤの出し入れを一体どうするか?という問題に、専務(社長夫人)が「じゃあ、タイヤと死んだらいいじゃない。」と言ったかどうかはさておき、「店を閉めへんかったらええわ。」と1981年にちなんで、81時間ノンストップ営業を思いつく。翌年もそのノンストップ営業は行われ、1982年だったので、82時間ノンストップ営業で行われた。恒例となってしまったノンストップ営業は毎年1時間ずつ増えていくこととなる。  
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