休みもなく寝食を忘れて働いていたある日、ふと、仕入れ帳をのぞくと自分の月の給料(住み込み7,000円)とタイヤ1本の値段(しかも仕入れ値)が同じであることを知る。それがショックでショックで愕然としたらしい 。 かなり悔しいおもいをしたが、それをバネに「タイヤで喰ってやる!」と死にものぐるいで働いたのであった。その結果、大野木ゴム工業所を譲り受けることができた。
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